Archive for 1月, 2011

文化遺産の見える街づくり

木曜日, 1月 6th, 2011
見えるランドマーク
犬山城下町から見えるお城の天守,ご存知のように国宝犬山城です。知名度も抜群であり,木曽川流域に点在する文化遺産の中でも突出した存在であることは間違いない。いくつかの方向から望み見ることができ,ランドマーク的な存在でもある。ここで言うランドマークとは,ある地域を象徴するような特徴的なモノ,それが記念碑や建物、あるいは特異な空間を意味する場合もあろう。まあ,平たく言えばその地域の中で目印となるような特徴的なモノだ。人によってはモンキーパークの観覧車もそうかもしれない。あるいは古くからのこの地の神々を奉る本宮山や尾張富士もその仲間である。
このように場所,場面や人や目的によって多様な対象が相当する。しかし問題はむしろそうした特定の場所への案内役というものではなく,その街のイメージを決定付けてしまうほどのインパクトをもつ存在性が重要です。その地の空間を強烈にカタチづくってしまうほどのパワーを秘めたもの。犬山のお城はそうした要素を備えていることは周知のことでもある。では・・・他にはなにがある。
イメージするランドマーク
さて,犬山城から木曽川を左手に見ながら,東側を望むとちょうど正面に成田山名古屋別院がみえる。よく見るとその山頂が何かこんもりとして高まり状になっているのを気づいたヒトがいれば,ありがたい。そうです,ここに「国史跡東之宮古墳」が存在しています。今から一七〇〇年以上前に人の手によって築かれた記念物だ。東之宮古墳とは古墳時代はじめの七〇メートルクラスの大型の前方後方墳で,木曽川水系では最古の大型古墳である。つまりこの古墳の造営から,犬山,尾張の古墳時代がはじまったと言っても過言ではない。犬山城より高く,白山平(はくさんびら)山という標高一四三メートルの山頂であって,犬山市域はもとより対岸の各務原市域も含めて広くからその位置を確認することができる。広域のランドマークといえよう。そのカタチは,現在は山そのものであるから古墳なのか単なる自然の形なのかわからない。しかし山頂が人工物でできあがっているという事を知っていると,白山平山頂の不思議なカタチの意味が見えてくる。すなわち意識すること,あそこに最古の大型古墳が造られ,この地を最初に律した偉大なる王が存在した事を知らしめるモニュメントであると・・。このように見えないランドマーク,意識しないと見えてこないモノがある。しかしひとたびイメージするとその場面を含めて太古の世界が広がっていく。犬山の地を,はじめて豊かな場面にかえる,壮大な事業を成し遂げた古代の英雄たちの姿が見えてくる。そうです・・・イメージする楽しさ。
四次元空間への旅立ち
我々が生活する三次元の世界,見えるもの,触れるもの,香るものが混在する面白き世界が広がっている。日々の生活の中に,楽しさや悲しさが入り交じりそれぞれの歴史を刻んで行く。そうした日常性の中に,我々はもう一つの次元を追加する事を提案している。それは歴史という「時間」です。同時にその事を常に意識し,感じるモノを全て受け入れる。異なる文化や不可思議な出来事。それらをその地域の歴史であると思うと,そこに豊かさやその地域がもつ本物の姿が見えてくるはずです。だれかが作り上げた見てくれの姿ではない,一過性のイベントとはまるで異なる,深みのある映像が映し出されるのです。時間の中に埋没して見えなくなってしまったモノたちが蘇る。伝統的なお祭りはその典型的な瞬間かもしれません。地域の遺伝子がおのずと動き出すから,老いも若きも境なく楽しめるのです。そして心に残り深く深く沈殿し,その地域を一瞬にして印象づけてしまう。そんなものは他にありません。文化遺産がもつ偉大なるパワーだと思ってます。きょうから・・・四次元旅人になろう。
文化遺産が見える,コンセプト
地域コミュニティは、教育・防災・福祉・生活環境など、あらゆる分野で地域の根幹をなすものですね。でもその地域の絆を,どのようにして維持していくのかが今まさに問われている時代だと思います。そこで,地域に残る・守られてきた多様な文化遺産を生活の中心にすえ,それらを多いに活用することで,豊かで楽しい地域社会を復活・維持していくことができると考えます。
ただし,文化遺産は次の時代の文化の発展のために継承されるべき重要な地域の財産でありますが、近年の急激な開発や世代の交代により、そこに存在した理由や価値が急速に失われつつあります。これらは地域固有のものであり、一度失われてしまうと復元することは容易ではありません。後悔しても取り戻すのは難しい。この大切な地域歴史資源を守り育てて行く事が「文化遺産のみえる」まちづくりの基本理念です。私たちはこの活動を通じて地域に貢献していきたいと思っています。
「史と詩の町から」vol.11-3 より

歴史レイヤー構想

水曜日, 1月 5th, 2011
現代に生きる古代人
日常性からはとても考えられないほどの太古の歴史,それは絵空事のようで,現代の我々からほど遠い存在のように感じる方も多いと思う。しかし,時に,突然,恐ろしいくらいの古い古い歴史がふと蘇る場面がある。それはヒトの心の奥底に横たわる遺伝子的な響きと考えてもよいかもしれない。
例えばある神社に伝わる神事,その言葉や所作,あるいは周囲の空気に触れた瞬間,間歇泉のようい古代人が思い描いた気持ちが何となく理解できるヒトがいる。いや感じるといった方がよいかもしれない。街に残る巨木,その孤高ともいえる姿に触れた瞬間に,ここで繰り返された庶民の生活が,走馬灯のように蘇るヒトがいる。私たちはその気持ちを抑えきれず,素直に受け入れる面白い機能がある。その強さはヒトにより大きく異なるが,間違いなく誰にでも太古の歴史を心の奥底にしまい込んだまま,気づく事無く日常性を送っている。実は僕たちの古代人は心の奥底で,じっとその出番を待っているのだ。
まず,第1のミッションは現代に生きる「古代人を探せ」
災害を知る遺跡
発掘調査をしていると,時に洪水の跡や地震の痕跡に出会うことがある。濃尾平野での調査では,むしろよく見つけることができる。ただ,洪水や地震の時期が古代まで溯れる場合は稀である。興味深いのはたとえば襲ってきた洪水にいかに対処したかという軌跡が,そこに残されている事です。どうやったらその後に洪水からムラを守ることができるのかという答えがそこにある。つまり古代人の叡智がその遺跡の中に刻まれているのだ。これは凄いです。現代に生きる我々はその古代の叡智をおろそかにしてはいけない。
そしてさらに面白いのは遺跡が存在する場所だ,それはその立地が古代の人々に取って最も心地よい場面であったとまずは考えて良い。さまざまな過去の経緯を踏まえてムラをそこに作り上げてきたのです。鎮守の杜はここにあり,ムラの共同墓地はこの方向のこの場面に位置づける・・といった具合にです。ムラの設計図は,このようにさまざまな過去の尊い歴史を踏まえたものである。したがってそこに遺跡が存在する事,それは地域の歴史そのものであり,ヒトがこの場所ではどこに住まうべきかを教えてくれていると言ってよい。遺跡が存在する所,災害から身を守る手掛かりがある場所。それは素晴らしい場面であると思います。
第2のミッションは,「遺跡を見つけろ」
木曽川は存在しない
私たちが目にする木曽の流れは江戸時代になってから,治水対策の一環として幾つかの支流をまとめ本流に一本化したものであることは周知の事である。したがってそれ以前の犬山扇状地の風景は,まさに扇の要である犬山から木曽の流れが幾筋の河川に分流し,扇状地を網の目状に流れていたはずである。その痕跡が今でも扇状地の上に凹みと高まりとなって残っている。私たちの住んでいる場所を歩いて見ると,微妙なアップダウンが感じられるはずだ。そして扇状地の上は河原石が堆積する場面であり,水は地上から地下に浸透する。そして時に泉となり湧き出る。したがって大雨を除いて,日常的には河の水は今の木曽川のように悠然とした流れを想像することは無理であろう。むしろそこには,美しき湧き水文化が存在したと考えたい。犬山を中心とした古代邇波(にわ)の世界には,こうした風景が広がっていた。その場所に存在する様々な歴史を身近に感じ,意識してその風景を想像するととても楽しくなる。刻々と移り変わる時間の流れに身を任せて,歴史空間を漂うのです。
第3のミッションはそこにある「古代の風景を感じろ」
拡張現実と歴史レイヤー
さて,皆さんが住んでいるその場所,かつてはどうであったのか。
そこは森ですか,沼ですか,あるいは川の中・・。鎌倉時代の集落ですか,江戸時代の街道が通ってますか,古墳が近くにありますか,そして鎮守の杜はまだ健在ですか。これらを知る事が重要です。なぜならば未曾有の災害から身を守る手掛かりがそこにあるからです。歴史が積み重ねてきた幾つかの層,レイヤーを考えてみましょう。なぜそこにお地蔵様が存在するのか,なぜそこに巨木が存在し,守られてきたのか。なぜそこに道標が立ち,水路が掘削されたのか。大きな古墳が造営された意味はなになのか,弥生時代のムラ(遺跡)がどうしてこの街の下に眠っているのか。多くの場合は,それは偶然ではありません。そこには歴史レイヤーが積み重ねられ,やがで「平成」という時代を迎えただけなのです。私たちはそれを知らないだけです。その意味を知り,街の歴史を踏まえた生活空間を作り上げる必要があります。それはどこにもない,ここだけの特徴的な時空間になるのですから,安全で無理の無い街,世界に一つしかない街を取り戻す事ができると思ってます。歴史レイヤーに様々な過去の出来事を語らせる仕組みは,最近では比較的簡単にできてしまいます。そうですインターネットやGPS,通信技術をつかって現実を拡張してやればよいのです。私たちNPO法人は,街の皆さんといっしょに,できれはその仕組みを作っていきたいと考えております。

「史と詩の町から」vol.11-2 より